パノラマ撮影技術考察

2011年5月

パノラマ画像の普及について思う事

 「リアルとバーチャルの融合」をテーマに、3D空間スキャンや五感情報との連携など様々な研究開発を続けているカディンチェですが、設立以来、試行錯誤を繰り返しながらその活用を試みてきた表現のひとつに、「パノラマ写真」というものがあります。一般的には、通常の写真の縦横比にとらわれず、上下または左右に大きく視野角を拡げて撮影したもの全般を「パノラマ写真」と呼びますが、カディンチェでは全方位、つまり上下左右360度のパノラマ画像を扱っています。

 全方位パノラマ画像の良いところは、ある視点に立った時に見える風景全てを収めることができる点で、閲覧者に「その場にいる雰囲気」を的確に伝えることができます。動画に比べて容量も小さく、「リアルな情報」を端的に伝える有効な手法である一方、実はまだまだ「一般的に普及」するには至っていません。「印刷物には不向き」、Web上で掲載するにも「ちょっと工夫が必要」など、その理由はいくつか考えられるのですが、一番大きな理由は、「誰でも気軽に撮影することができない」ということだと思います。カディンチェでも、パノラマ画像を撮影する時は、自社開発したハードウェアを使い、ソフトウェアで画像を加工合成しています。しかし専用機材や加工をしないと作成できないようでは、世の中のパノラマ画像はなかなか数が増えません。そのため、新しいデバイスや方法には常にアンテナを貼っているのですが、先日SONYから発売された「Bloggie 3D」という製品が、私たちの目にとまりました。
 
 「Bloggie」は、写真も動画も3Dで撮影できる点や、SNSとの連携を売りにした商品ですが、「付属の360°ビデオレンズ」を用いたパノラマ動画・パノラマ画像の撮影機能を持っています。この「パノラマ撮影機能」を試してみたくて、さっそく商品を購入し、先日お邪魔した「松丸本舗」様の撮影で使ってみました。カディンチェで普段使っている機材(スペースバズーカ)や手法(ソフトウェアによる合成)と比較して、どうだったのかを簡単に検証してみたいと思います。

Bloggieでの撮影に挑戦

 まず、Bloggieを使って撮影した画像をそのまま見ると、右の画像のようになります。この「付属の360度ビデオレンズ」では、レンズの前に設置する特殊な鏡面に写り込んだ像を撮影します。これで周囲360度の画像を撮影することができるのですが、当然このままでは使えません。鏡面により歪曲した空間部分を、元通りにしなければなりません。

 これをよく見るパノラマ画像に直すには、Bloggie付属のソフトウェアを使う必要があります。撮影自体は簡単にできても、やはりソフトウェアによる加工は必要なんですね…。付属ソフトウェアを使ってパノラマ写真に展開したものが、下記の画像です。

 
 これで「パノラマ写真」が完成です。ちなみにこの時点で、カディンチェが普段の方法で撮影したパノラマ写真と画質を比較してみると、こんな感じでした。左側がBloggieによる画像、右側がカディンチェによる撮影です。ほぼ同一の部分を切り出し、同じ手法で圧縮してサイズを合わせています。


バーチャル・ツアーを構築

 撮影したパノラマ画像は左右360度なので、画像の両端で一周しています。360度の画像をただ横に展開しただけだと、「横長で分かりづらい写真」になってしまうので、360度をPCで自然に閲覧するために、もう一度加工したものを、下記の画像リンクからご覧頂く事ができます。ドラッグで方向転換、マウスホイールで拡大縮小ができます。(画像をクリックすると、新しいWindowが開き、バーチャル・ツアーが閲覧できます。)

(※ カディンチェにて撮影・作成した「高画質ヴァーチャル・ツアー」は、5月25日にリニューアル公開した「松丸本舗」様のホームページに掲載されています。 )

パノラマ画像のリアリティ考察

 Bloggieでの撮影を試してみて改めて感じたことは、「視野角」と「解像度」の二つが、パノラマ画像でリアリティを伝えるために最も重要な要素であるということでした。人間の最大視野角は、「水平約 200 度、垂直約 125 度」されています。周囲の状況を把握するのに最低必要な視野角は「110度」とも言われており、Bloggieで撮影できる視野角では(特に上下の視野が)窮屈に感じるのではないでしょうか。ワンシャッターでこの視野角を確保するのには物理的に難しいため、今後は複数の画像を合成する技術がますます重要になってくるように思います。解像度について、Bloggieの出力はちょっと残念な結果になりましたが、この手法で撮影するのにはこのくらいが限界点なのかもしれません。しかし敢えて「手軽に簡単に360度撮影ができる」という路線に挑戦するのであれば、この手法しかないのも事実だと思います。なによりこういった変わった商品を出すメーカーも少ないので、今後の新製品が楽しみです。

 最後に、撮影にご協力して下さった「松丸本舗」様、本当にありがとうございました。素敵なお店の構造と、びっしりと敷き詰められた本の数々に圧倒されながらの撮影でした。また、営業時間終了後の深夜、お客さんのいない本屋さんという環境に少し興奮しつつ、手に入れたばかりのBloggieとスペースバズーカでの撮影、とても楽しかったです。
 「松丸本舗」様のWebサイトに掲載させて頂いたヴァーチャル・ツアー、是非一度ご覧下さい。

tsuyoshi tanaka

撮影隊の記録:ヒマラヤ=ブータン 中編

2011年5月

ブータン王国からお仕事もらいました

 カディンチェ株式会社の自己満足的な挑戦であった、昨年の「ヒマラヤ撮影隊」を振り返る本シリーズですが、本文に入る前にまずひとつご報告があります。
ご報告とは…。なんと、ブータン王国からお仕事をご発注頂きました!! わっしょーい!!
 僕たちのような超ウルトラ零細企業が、ヒマラヤの「王国」からお仕事を頂いたわけなのです。なんと光栄なことでしょう! 社長からの「ブータンの仕事、決まったよ」という報告に会社は沸き、興奮した私は鼻血をながし、メンバー有光さんは牛乳を吹いたと言われています。
 それにしても僕たちのような日本の零細企業がなぜこんな仕事を頂けたのかと言うと。それは、「愛」。ブータンという国に対する憧れと、並々ならぬ「愛」だったのです。「こいつらまたふざけてる」と、思う人が居るかもしれませんが、実話なんです。このコンペでの他社の提案は、価格や仕様、工期などが記載された通常通りのものだった(と思う)のですが、僕たちの提案はイキナリ「ブータンへ送る愛とメッセージ」から始まります。昨年の「ヒマラヤ撮影隊」で感じたことや思ったことを提案内容にふんだんに盛り込み、資料の最後もやはり「愛」で締めくくりました。そしてそのメッセージが、ブータン政府の皆様の胸に、「どーん」と受け止められたのです。多分きっとそうなんです。
 そんなわけで、「ヒマラヤ撮影隊」の取り組みは、1年の時を経てさらに大きな挑戦へと発展してきました。うーん。行って良かったなぁ。

オグロヅルの飛来する神秘の谷


 前回の記事で、「マイナス8度のファームステイ先」に到着しました。翌日は、この家で暮らす人々の生活や慣習、どこかなつかしい感じのする渓谷の風景を、スペースバズーカで撮影していきました。左の写真は午前8時の村の風景。この時間になって陽があたってきても、凍った洗濯物はカチコチのまんまです。よく見るとほとんどの家の軒先で洗濯物が凍ってました。干してるんじゃなくて、洗ってるのかな。。一度凍らせると汚れが落ちる、みたいな。
 この日は快晴。透き通るような青空に、渓谷を敷き詰める美しい緑の絨毯は、いままで見た他のどの景色にも例えることのできない素晴らしい景観美をつくりだします。写真でも動画でも伝え切れないその美しさを、高画質パノラマによるヴァーチャル・ツアーにしてみました。これ↓

伝統的な生活と、近代文明


 ファームステイ先でお世話になったベム・シンレーさんによると、この村で初めて外国人を見たのは8年程前とのこと。それまで「外国」というものがあることは知っていたが、遠い遠い世界のことだと思っていたそうで、初めて欧米の人に会ったときは、おったまげたそうな。僕たちが訪問した頃のポプジカは、電気が来てない(自家発電機のみ)。電線を引くことで自然環境に影響を及ぼしてしまうと、オグロヅルが来なくなってしまう可能性があるから、この近辺は環境保護政策の対象地域。住民もそれに賛成しているから、電気が来てないそうだ。最近では、環境に影響を与えない方法(地中に埋設)で電気を通す計画もあるそうだけど、もし電気が使えたら今の暮らしはずっと楽になるだろうに、自然との共存を優先して昔ながらの生活を受け入れるという姿勢に、ものすごく関心してしまうわけなのです。
 この時の撮影や様子は、以前ニュース・メディアの記事になりました。詳細はこちら。「どちらが幸福か? ブータン VS 日本」 (日本ビジネスプレス)
 

伝統的な生活と、近代文明


 ブータンという国は、他の先進国や文化圏にはない、独特の価値観を内包した文化がある。そして、日本やその他の都市圏からはアクセスの難しい(飛行機でビュって飛べば、ティンプーまではすぐ着くけど、気持ち的に)秘境でもあります。この国のそんな有り方は、様々な意味で日本との類似点や、比較対象になる点があるように思うのです。ブータンと接することで得られる知識や気づきや気持ちは、僕たちの国日本を良くする何かにつながるような気がするのです。そんなブータンを「伝える取り組み」として、僕たちの技術がお役に立てるような気がしています。
 冒頭の「ご報告」もあったので、今回はこの辺りで。




最後に、いぬ。ブータンではなぜか犬もやさしそうに見える。


yasuhiro ichikawa

発売から5ヶ月:Kinect ハックまとめ

2011年5月

Kinect発売から5ヶ月

 Kinectの発売から約5ヶ月。世界中の新しいもの好きエンジニア達の様々な取り組みも、なんとなく一巡したような感じがあります。YouTubeには、「Kinect ハックの5ヶ月間のまとめ」的なビデオが投稿されていました。Kinect Projects – The first 5 months
 Kinectがエンジニア達の心をつかんだ理由は色々あると思うけど、この短期間でこれほどたくさんの作品が生み出されたデバイスとゆうのは、これまであまりなかったんじゃないかと思います。そこで、僕たちカディンチェの視点から、この5ヶ月のKinectハックを振り返ってみたいと思います。

空間モデリング系


 カディンチェ技術とも関連性が深い「空間モデリング」という切り口。まずは、発売後すぐに話題になった、3D Video Capture with Kinect。最初にこのビデオを見たとき、何やら異質な見た事のない動きに直感的に感動しました。そして圧巻だったのがこれ、「Autonomous Flight with a Kinect by MIT CSAIL」。Kinectを使った小型ヘリの自律飛行。飛行しながらKinectが取得した画像と深度を元に、3D空間へのマッピングまでしちゃってます。これはもう彼らの動機に驚いた。普通飛ばそうとは思わない。「小型で安価だし、仮に落ちても弁償すればいいよね」という会話がMITの学生の中であったかどうかは分かりませんが。さすがMIT。

新しい操作方法


 マウスやキーボードを触らない、つまり人間が直接的にデバイスを使わない新しいコンピュータのインターフェースとしても、Kinectは様々な実験環境を提供してくれました。例えばこうゆうの。「Kinect Hand Detection」。従来マウスでやっていたことを、フィジカルに置き換えるという視点かな。色々なやり方が生まれては試され、本当に「やりやすい方法」だけが、今後残っていく気がします。
 コンピュータだけではなく、「ロボットを操作する」という作品がこちら。「Control the Humanoid Robot by Kinect」。この作品の本当にスゴいところは、作者の方が自作したロードバランス・エンジンなんですが(本当にスゴい)、この操作映像に僕は大きな衝撃を受けました。ロボットを操作する場合、「リモコンで操作(鉄人28号・タイプ)」、「コックピットで操作(ガンダム・タイプ)」、「コックピット+脳神経とのリンク(エヴァンゲリオン・タイプ)」など色々な手法が考えられてきましたが、僕が最も憧れていたのはこの、「操縦者の動きがそのままロボットの動きになる(魔神英雄伝ワタル・タイプ)」だったのです。そしてガンダムも大好きだった僕は、「ワタルみたいにモビルスーツを動かしてみたい」と夢想していたものでした。なのでこの動画には「グッ」とくるものがありました。

拡張現実


 アニメの話とか書くとまた怒られるので、次。AR(拡張現実)系。これまた色々な作品やデモがあるわけですが、僕がまず好きなのはこれ。「Real time lightsaber on the Kinect on PC」。…スターウォーズが好きなんです。どうしようもなく好きなんです。この映像、ライトセイバーの動きがとても自然。制作者の方も、きっとスターウォーズ・マニアなんだと思います。ライトセイバーの扱い方を「知ってる人の動き」です。
 まじめな事例としてはこうゆうのもありました。「Augmented Reality Magic Mirror using Kinect」。身体の中が透けて見える、とゆうヤツです。CTスキャンして構築した本物の3Dデータを使っているのかな。検査結果の説明なんかでもしこうゆう見せ方をされたなら、先生と一緒に画面をみるよりもずっとリアリティを持って、自分の健康と向き合える気がします。

おしゃれ系


 純粋な表現としての活用や、アート作品としても、Kinectのハックは盛んです。「DaVinci prototype on Xbox Kinect」のようなお絵描きツールや、「Kinect Ballpool」みたいに、インタラクティブなゲームなど、子供や若者に喜んでもらえそうな作品も多い。「Interactive Puppet Prototype with Xbox Kinect」のように、作り込んだグラフィックスを、身体を使って操作するというシンプルな体験ですら、PCの画面とマウスで操作するのとは全く違った新しい感覚を得ることができます。用途や目的にとらわれず、新しい手法や発想だけを意識して作る表現やアート作品は、今後もう少し出てきてほしいなと思っています。

最近のカディンチェとKinect

 とゆうような感じで、カディンチェの視点というよりは、ごく個人的な視点になってしまいましたが。。。
新しい体験というのは、話を聞いたり、動画を見たりするだけでは、伝わり切らない「第六感」的な部分が確かにあります。いきなり目の前のリンゴが天井に向かって「落ちる」なんて現象が発生したら、すげぇびっくりすると同時に、なんだか言葉にできない不思議な気分になるはず。その「不思議な気分」とゆうのは、実際に体験してみないと分からない。Kinectによる新しいインターフェース、それを活用した新しい操作方法や仕掛けは、きっとそうゆう領域に属する体験なんじゃないかな、と考えています。
 さて、カディンチェですが。日々の仕事に追われながらも、少しずつKinectと仲良くなってきた今日この頃です。年内にはKinectを使った非常に楽しみな案件も…実現するかどうか分からないですが、ありそうな予感がしています。次回のKinect関連記事では、Kinectのスペックや技術的な考察なども交えて、書いてみたいと思います。


 ←おまけ。Tomoto S. Washioさんが作ってくれた Kinect-Kamehameha を試すカディンチェ。スパーキン!!
 


yasuhiro ichikawa